【Avarice5】




「久しぶりだねぇ」
 誰しも一度は聞き覚えのある間延びした声が事務所内に響いた。
 今日は休日のため、事務所へは団長と、京介に事務所の説明をしていた拓海の三名だけが出てきていた。三人とも突然の訪問者に驚いた。
「西岡……?」
 団長はカミソリ片手に、シェービングジェルまみれの顔を西岡に向けた。「よっ!」と軽く片手を挙げた西岡に対して、しばらくの間二の句が継げないままでいた。
「健志は相変わらずだなぁ。なんとかしろよ、その顔」
 くすくすと笑う西岡。ちなみに健志というのは団長の名前だ。
「……っと、そこにいるのはもしかして大貫君かい?」
 四十半ばという年齢を感じさせない端正な顔が、拓海に向けられた。温和な雰囲気は当時のまま変わっていないと、拓海は安堵していた。
「懐かしいなぁ!最後にあったのは大貫君がここに入ってきた頃だから、五年ほど前だっけ?少し見ない間に随分と成長したね。この前の“浮世の懸け橋”もVTRで見せてもらったよ」
「あ、ありがとうございます!」
 西岡が自分のことを覚えてくれていたことに、拓海は少なからず興奮した。しかしその反面で、おそらくは“浮世の懸け橋”のVTRを見て、自分の存在を思い出してくれたのだということを悟っていた。これでも社交辞令くらいはじきに見抜ける力を持っている。
「ところで西岡さん、なぜここに?」
「そうだ、修史。何の用だよ?」
 いくら全盛期は過ぎたといってもプロの役者だ。それなりにもスケジュールがあって、こんなボロッちいアマチュア劇団の事務所なんかに足を運んでいる暇なんてないはずだ。
 団長が身繕いを済ませて、応接用のソファーに座った。それを見た西岡も自然な動作でソファーに座る。
「いや、別に用事はないよ。ただ、みんなはどうしてるかなぁと思って来てみただけだよ」
「っていっても今日は日曜だぞ?」
「あはは、そうだっけ?最近忙しくてさ、曜日の感覚なくなってるんだよね」
 そのとき西岡と拓海の目が合った。何となく席をはずしてほしいと言われた気がしたので、京介を引っ張って事務所を出ることにした。
「大貫、すまんな。日曜まで出てきてもらって。もし疲れてたら明日は休んでもいいから。どうせしばらくは予定ないしよ。あ、相模もな。」
「わかりました。それじゃ、また」
「すみません、俺のために団長まで出てきていただいて……ありがとうございました」
 京介が申し訳なさそうに礼を述べてから扉を閉めた。閉まる直前、室内から何か聞こえた気がしたが、何だったのかはわからなかった。



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